2009年03月05日

ショパン

3月1日の記事でポーランドの作曲家フレデリック・ショパン(Frédéric Chopin,1810年3月1日-1849年10月17日)のお誕生日で紹介しました。その続き話しを

ショパンはのポーランドの首都、ワルシャワで生まれ育ちました。ショパンの父は教育者でした。しかしショパンの父はショパンが学校生活に馴染めないと判断するや学校に通わせないようにします。その後ショパンは、パリで活躍し、パリで没します。しかしショパンの心は祖国ポーランドを思い続けていました。

遺言によりショパンのなきがらはワルシャワに帰ります。心臓があるワルシャワの聖十字教会。一度危機が訪れたのです。それはナチスドイツの侵攻のときです。ショパンの曲に魅いられていたドイツ兵がこっそりと別の場所に移動していたのです。後日、聖十字教会は砲撃によって崩壊されましたがこのドイツ兵のおかげでショパンの心臓は無事でした。現在は元の位置に戻され、安らかに眠っています。

さて、今日はショパンのバラードでお楽しみください。バラードは、現在ではポピュラー音楽の曲調をさす言葉ですが、クラシック音楽では「譚詩曲」といわれ「物語風音楽」または「歌は無いけど詩を奏でる器楽曲」とでもいいましょうか。ショパンはバラードを4曲作っています。この第3番は4曲の中でも一番優雅で洗練されて、一番ポピュラーだと言われています。

バラード第3番変イ長調(Ballade no.3, Op.47)
posted by とある音楽家 at 08:03| Comment(3) | 演奏家たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この曲は【5:38】ここがポイント!
後半部の入口の変イ長調の部分で右手が4つのトリルを弾き終えたのち、左手の広音域のアルペジオの伴奏に乗って、右手がオクターブで豊かな旋律を歌う部分です。特にここの最後の方にDesとFの隠れた10度の響きがあります。

あとはトアルオンガクカ様、解説お願いします。
Posted by おせっかい的音楽愛好家 at 2009年03月05日 18:44
ショパンさんかっこいですね
Posted by 春恋 at 2009年03月06日 12:12
前からクラシック音楽に興味があったのですがこのブログのおかげでクラシック音楽の世界やエピソードがわかるようになり、より興味を持って積極的に聴くようになってきました。
なにせつい最近までショパンもシューマンも区別がつかなかったのですから
今では「ポーランドの星ショパン!」ですね。
Posted by 春恋 at 2009年03月07日 07:44
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